「上田馬之助」〜②1978 vs アントニオ猪木 五寸釘 ネイル デスマッチ

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プロレス
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上田馬之助①はこちら>「上田馬之助」〜①極悪レスラー“まだら狼”の生涯

 

1978年2月8日 日本武道館。アントニオ猪木vs上田馬之助のシングルマッチは、日本初のネイル(釘板)デスマッチとして行われました。

 

当時 小学3年生、全日贔屓で猪木新日は眼中になかった私ですが、この試合は鮮明に覚えています。おぼろげですが、ワールドプロレスリングの中継で、次週?予告的に「釘板がリング下に敷き詰められたおどろおどろしいイメージイラスト」を見たような記憶があります。。。

 


 

●なぜこの試合がデスマッチになったのか?

 

これには大きく、2つの理由があったといわれます。

1つ目はシンプルに、猪木-上田はインパクトに欠けるという点。

なにせこの時期は「格闘技世界一決定戦」がドル箱でした。プロレスの試合、としてはなんといってもタイガー ジェット シンとの抗争こそがメインストリームであり「シンの相棒」でしかない上田は、猪木の対戦相手、一枚看板としては弱かったのです。

 

もう1つは、当時の上田のファイトは場外、反則を主体としたものであり、「またどうせリングアウトか反則で完全決着はつかないのだろう」と見られていた、からでした。

 


 

●当時の新日プロ営業部長 大塚直樹氏が語る舞台裏

 

「この日本武道館はルスカ戦から2年後。前売りが伸びなくて、急遽1週間前に札幌中島からの中継で“究極のデスマッチ”と宣伝したら、試合当日は1400万円の収益があったんですよ。当時、興行のコースは僕が切っていたんですが、札幌の2日前、社長の猪木さんに“何で武道館の切符は売れてないんだ?”と聞かれたので、“ファンは決着がつかないと思ってますから”と答えたんです。それで“じゃあ、どうすれば納得して来てくれるんだ!?”という話になって…」

 

そもそもこのカードを、よりによって日本武道館という当時最大規模の会場のメインに据えたんだよ…というのは置いておいて、集客が伸びないため窮余の策だったワケです。

 

当時は「デスマッチ=金網=国際プロレス」の時代でした。

猪木にしてみれば「二番煎じみたいなマネできるか」というプライドがありました。もう一つの選択肢であるランバージャック(リング下にいるセコンドが落ちた選手を押し上げるデスマッチ)も、すでにシンとの抗争でカードを切ってしまっていました。

 

「先に社長に“俺はデスマッチはやらないよ!”と言われてしまったんですけど、“それなら絶対に逃げられないように、リングの周りを氷水が入った水槽で囲むのはどうでしょうか?”とか“周りに割れたビール瓶を敷き詰めるのはどうでしょう?”って僕がアイデアを出したんですね。そのうちに社長自身が“そうだ、五寸釘だ!”って言い出して。”ベニア板に五寸釘を打ちますか?”“そうだ、それだな!”と。ネイルデスマッチと命名したのも社長ですよ。それでデザイナーにイメージ画を描いてもらって、テレビで宣伝してもらったんです」

 

「猪木さんに『落ちてくれ』といったんですよ。『落ちる? 刺さるじゃねえか』『靴の下に鉄板を入れておけばいいじゃないですか』『そうか』。猪木さん、実際にやってみたらしくて『重いし硬くて歩けなかった』と言ってましたね」(大塚氏)

 

(Gスピリッツ VOL.36より)


 

デスマッチはやらないよ、と言いつつ、ネタを振ると誰よりも最初に過激なものをやりたがる、という猪木の特性がよくわかります。

中でも「社長、落ちてください」「刺さるじゃねぇか」には笑えます。そして猪木はアリ戦しかり、どんだけ「鉄板入りシューズ」が好きなのかと。

 

それはさておき、トップであり社長である猪木自身が営業と、どうやれば客が呼べるか、話題になるか、人の真似ではなく、アッと驚かせる、という事を真剣に考えて、本気で取り組んでいた、というのが当時の新日プロの強さなのですね。もはや大会2週間前ですが。

 


 

●アントニオ猪木、櫻井康夫氏が語る「猪木vs上田」戦

 

アントニオ猪木
「上田も何とかメインで俺と闘いたくて必死だったんですよ。ただね、まだその頃は彼との試合では切符が売れなかった。上田がただ猪木に挑戦しても、インパクトが弱かった。その頃、上田も悩んで当時のワールドプロレスリングのプロデューサーだった栗山という人に相談したこともあったそうです。『猪木とメインやれるなら俺は何でもやりますから!』って言って、栗山さんの前でガラス瓶を割って、それをガリガリかじってみせたと…。『まあその覚悟はわかったけど、プロなんだからそういうことはリングの上でやれ!』と諭されたそうなんです。そこまで必死ならばね、『何でも言ってこい!』となって、『極限の闘いをやろうじゃねえか』と…それが釘板ということになったわけです」

 

ワールドプロレスリングの解説者、東京スポーツの櫻井康雄氏

「スリルがあったよ。怖かったもの。試合前に猪木は落ちることを覚悟してると言ってましたよ。『相手が上田だから』と。この頃はもちろん上田も力が落ちてますよ。腰も悪くなってるし。でも、やっぱり上田の“勝負根性”というものを猪木が高く評価してたから。上田はやる時はやるからね。猪木は『アイツだから、本当に落ちるかもしれない』と。実際にギリギリまでいったよね」

 (「Gスピリッツ Special Edition アントニオ猪木」より)

 

この櫻井さんのコメントはさほど大げさでもなく、社長レスラーと雇われたフリーレスラーという関係性はあるものの、お互いに日プロからの因縁もあり、双方共に「いざとなったら何されるかわからない」相手との一戦であることはリアルなワケです。

 

ご存知の通り、この試合では実際に転落して五寸釘に刺さる、というシーンはありません。観客は「どうせ落ちないんだろう」でも「落ちるかもしれない」でハラハラさせられる展開に終始します。

 

ですが、そもそもが「完全決着で逃げ場をなくす」事が目的のネイルデスマッチですから、五寸釘に落ちないとしたら、それ相応のフィニッシュを提供しなければなりません。

 

猪木に残された選択肢は、もはや「腕折り」しかありませんでした。

 


 

◆試合経過

 

試合前、リング下に釘板が敷き詰められていく様子に被せて実況の舟橋慶一アナウンサー(古舘伊知郎アナの先輩)と解説の櫻井康夫さんの静かなやり取りで、なぜこの試合をやる事になったのか(あくまでも上田からの執拗な要求という説明)、という顛末と、4万本、幅2メートル20センチ、という釘地獄についての説明が、ひたすらつとめて静かに、淡々と行われます。

 

このあたり、いまのテレビ局ならバラエティよろしくガチャガチャ大騒ぎして数字を稼ごうとするのでしょうが、この方がよほど怖くてしっかり伝わります。NHKのスポーツ中継の伝家の宝刀は「無言」なのだそうです。

 

さらに、入場して来た猪木はすぐにはリングに上がらず、鉄柱に手を添えてなんとも言えない表情でしばらくの間リング下に敷き詰められた五寸釘を見つめます。この辺りの一挙手一投足で醸し出す色気、がまさに猪木なのです。


いよいよ試合開始。

 

序盤戦、手四つから先手を取りバックを制し、得意の腕がらみを狙う上田

 

すると中間距離から突然、当時使い始めたばかりの延髄斬りをみせる猪木。上田は反動で早くも落ちかけます。

 

グラウンドでは上田が先手、対する猪木は張り手からのタックルで足を取り、両足を同時に極める変形のアキレス腱固めのような技も。さらには完璧な逆十字。ギブアップ…したかのような変な間から上田は急所打ちからチョーク、ようやく反則ファイトを見せ始めます。

 

ここからの上田のストンピングにあわやリング下の五寸釘地獄に転落!という辺りに、観客の感情をコントロールする猪木の真骨頂が見られます。

 


そして鉄柱を挟んで逃げる猪木、追う上田…からの、鉄柱をテコにしての腕折り開始。さらにはリング内でスタンディングのアームブリーカー、ストンピング…からのトドメのヘッドバット!このフラストレーションからのエクスプロージョンが猪木ですね。

 

 

たまらずセコンドのシンがタオル投入(シンは腕折られでは先輩です)。試合終了となります。

 

試合終了のゴングが鳴った直後、館内の観衆からは「もっとやれ、殺せ」的な不満げな空気が漂います。すると猪木は、テイクダウンしてからのアームロックを敢行、延々締め続け、さらにはめずらしい空手チョップで折れた腕を攻撃、上田は反動でリング下に落ちかけるファンサービス。

 

さらにはその後、上田を心配するシン、なぜタオルを投げたかとシンに怒る上田、こうなったらシンともやってやるという猪木、のやりとりが続き、エンディング。

 


 

独特な緊張感はありましたが、正直、試合前の期待に比べると凡庸な試合でした。当時の私も腕折りを見せられ怒った時の猪木には怖さを感じましたが・・・やはりリング下に落ちないという一点で、なんとも肩透かし感は否めませんでした。デスマッチ、というとどうしても人は残酷ショーを期待してしまうものなのです。

 

ただ、改めて見返すと猪木をもってしても、上田が相手で、ロープワークが使えない試合、さらにはグラウンドには興味を示さない当時の興奮した観客相手、ではこれが精一杯だったのだろうと思います。

上田馬之助、というレスラーが今ひとつブレイクできなかった理由がよくわかる試合です。(それにしてもなんと翌週が藤波のMSGでのJr.ベルト奪取の試合なんですね…)

 


 

●再び、アントニオ猪木かく語りき

 

「彼自身はね、非常に善人なんです。(元々が)面白くもおかしくもない存在。実力はありましたよ、俗に言うセメントとかスパーリングでは若手の中で群を抜いて強くて、俺に次ぐくらいの力は持ってた。だけど個性がなくて、なかなか花を咲かせられない…そんな感じでした」

 

次回③「ジャイアント馬場との腕折りマッチ」へ続きます。

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