昭和雑誌「てれびくん」〜1976- ヒーロー満載、小学館 日本一のテレビ雑誌!

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書籍
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今回は「小学館のテレビ教育雑誌」というキャッチコピーで1976(昭和51)年に創刊されて昭和~平成~令和へと続く「てれびくん」について、ご紹介します!

 


 

「てれびくん」のポジショニング

 

70-80年代の小学生が読む雑誌といえば、同じ小学館の「小学1〜6年生」学研の「科学と学習」を筆頭に、たくさんありました。

 

その中でもこの「てれびくん」は、徳間書店の「テレビランド」や秋田書店の「冒険王」と並び、ズバリ、学習よりも娯楽、エンタメ要素のみ。「こんな雑誌ばっかり読んでていいのか?」という背徳感が魅力でした(笑)。

なにせその内容はアニメや特撮(当時はまとめて「テレビまんが」)、玩具、テレビタレント、スポーツ選手などひたすら「小学生が好きなモノ」が満載。勉強そっちのけで毎日遊びにあけくれる昭和の小学生男児のバイブル的な雑誌でした。

 

とはいえ、いちおう教育雑誌らしく「カバゴン」の異名を持つ教育評論家の阿部進さんが監修を行っていて、保護者向けに「おうちの方のページ」で識者との対談とかが載ってましたけど…。それ以外は思いっきり、「娯楽」に振り切ってました。


 

掲載されたテレビの人気者たち

 

創刊当初の76年〜79年ごろの表紙を見ると、

「秘密戦隊ゴレンジャー」「ジャッカー電撃隊」「ザ・カゲスター」

「科学忍者隊ガッチャマン」「タイムボカン」「ヤッターマン」

「がんばれ!ロボコン」「ロボッ子ビートン」「がんばれ!レッドビッキーズ」

「コンバトラーV」「ボルテスV」「UFO戦士ダイアポロン」「氷河戦士ガイスラッガー」「サイボーグ009」

「プロレスの星 アステカイザー」「恐竜探検隊ボーンフリー」「恐竜大戦争アイゼンボーグ」

「母を訪ねて三千里」「あらいぐまラスカル」「一休さん」

 

などなどの顔ぶれが見えます。東映、タツノコプロ、円谷プロ…。もちろんこれらのポピー超合金などの玩具情報(宣伝)も、たくさん載っていました。

 

1979年にテレビ朝日で再アニメ化された「ドラえもん」がスタートすると藤子作品も強化され、

 

そのほか、折からのスーパーカーブームドリフターズや萩本欽一さん、ピンクレディーなどの人気タレントや、巨人軍の王選手特集なども載っていました。

 

そして80年初頭になると、リバイバルブームで新たに放送がスタートした「ウルトラマン(ザ・ウルトラマン、ウルトラマン80)」「仮面ライダー(スカイライダー、スーパー1)」の両巨頭シリーズまでが加わります。

まさに百花繚乱、テレビ子ども番組の最後の最盛期と言える時代かも知れませんね。シールや紙製の工作、下敷き、マンガやひみつ百科などの小冊子ほか、充実の“ふろく”も魅力でした。

 

 


 

そして「コロコロコミック」へ

 

この「てれびくん」購読層の子どもの多くは、同じ小学館のマンガ雑誌、「コロコロコミック」へと移っていった気がします。

 

「コロコロコミック」は1979年の「ドラえもん」テレビアニメ化(実は日テレに続く2度目ですが)から大人気になった印象が強く、なんとなく「てれびくん」より後発のイメージなのですが…調べたところ「コロコロコミック」は1977年発刊で、「てれびくん」と1年しか違わないんですね…。

それでもやはり「ドラえもん効果」は大きかったようで、「コロコロコミック」が季刊から隔月刊を経て、満を持して月刊化したのが1979年、私が9歳のとき。

 

1970年生まれの私は、まさに「てれびくん」→「コロコロコミック」のどストライク世代なんですね。

 


 

令和も健在「てれびくん」

 

そしてなんと、「てれびくん」は(「コロコロコミック」も)、昭和、平成を経て令和の時代になっても、いまだ健在なのです。

あの頃からロゴも変わってません。なかなか珍しいですね、もはやほとんど見えませんが(笑)。

 

キャッチコピーは時代と共に、「小学館のテレビ教育雑誌」(創刊当時)から「小学館のテレビ雑誌」「テレビ雑誌日本一」「日本一のテレビ雑誌」を経て「日本一のヒーロー雑誌!!」、現在は「日本一売れているヒーロー雑誌!!」と変遷。でも、基本的な路線はブレてないですね。

 

少子化で「小学1〜6年生」も「科学と学習」も休刊になったいま、テレビ離れの逆風も吹き荒れる中で、いけるところまで頑張って欲しいものです…

 

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