「キンシャサの奇跡」〜1974.10.30 モハメド アリ伝説の名勝負

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ボクシング
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今回はリクエストにお応えして初のボクシングネタ。「キンシャサの奇跡」を取り上げます。


「あの」アントニオ猪木戦の2年前、1974(昭和49)年10月30日、ザイール共和国(現 コンゴ民主共和国)の首都キンシャサで行われたプロボクシングWBA/WBC世界統一ヘビー級タイトルマッチ、王者ジョージ フォアマンvs挑戦者モハメド アリの一戦です。

 

圧倒的不利の下馬評を覆しアリが劇的な逆転KO勝利をおさめたことから、この名が付きました。

 

“Rumble in the Jungle“
1974年10月30日
WBA/WBCヘビー級タイトルマッチ
ザイール、キンシャサ
5月20日スタジアム(Stade du 20 Mai)
ジョージ フォアマン vs モハメド アリ

 

●試合までの経緯

 

「アリの最後を見届けようとキンシャサに行った。徴兵を拒否しタイトルを剥奪され3年7か月のブランクを作ったアリは、もうかつての蝶のように舞い、蜂のように刺す、打たせず打つボクシングはできなかった。まだ一度としてKO負けを喫していないアリだが、最後にKO負けするだろうと思っていた。それは私だけでなく、ボクシング関係者の誰もがそう思っていた」

 

当時、日本から現地へ駆けつけた数少ない記者の方は、当時の心境をこう語っています。

 

ベトナム戦争の徴兵を拒否したアリは、1967(昭和42)年3月の試合を最後に王座とボクサーライセンスを剥奪され、ボクシング界から「干され」ました。

 

1971(昭和46)年 、3年7か月のブランクを経てアリはジョー フレイジャーのベルトに挑戦。最終回にダウンを喫し、執念で立ち上がりKO負けは拒んだものの判定負け。

 

再起を期すアリは1973(昭和48)年、ケン ノートンに生涯2敗目となる判定負け。試合後に顎の骨折も判明し「アリは終わった」と評されました。

 

その後、ケン ノートンにリターンマッチで雪辱。翌1974(昭和49)年に3年越しのリターンマッチとなったジョー フレージャーも下したアリは、世界王者への挑戦権を獲得。

 

それでも、当時25歳、40戦無敗のフォアマンに対し、32歳のアリはロートルで、下馬評は圧倒的な「フォアマン有利」でした。

 

●国家規模のビッグイベント

 

この一戦は「アフロ アメリカンのボクサー同士がルーツであるアフリカ大陸で行う、初のヘビー級タイトルマッチ」“Rumble in the Jungle/ジャングルの決闘“と銘打たれました。

 

このイベントを国威掲揚の国家イベントとして支援したのはザイールで独裁政権を築いていたモブツ セセ セコ大統領。プロモーターはドン キングです。

 

ファイトマネーはなんと1,000万ドル(約30億円/フォアマンとアリの両者に50:50)という、当時のスポーツ興行史上最高額を記録。

 

試合の模様は世界60カ国へ衛星中継され、日本ではNET(現 テレビ朝日)「エキサイトボクシング」特別番組として、30日13時から放送。当日、19時30分から再放送もされました。

 

試合会場の「5月20日スタジアム」は普段はサッカー場。この日のために6万人を収容できるよう改装。ザイール国民の平均年収は100ドル以下なのに対し、リングサイド最前列の特等席は250ドル(7万5千円)もの値段が付けられました。

 

●プレイベントは音楽祭「ザイール’74」

 

9月には試合開催を祝うイベント「ザイール’74」と名付けられた黒人音楽フェスティバルが行われました。

 

ソウルの帝王 ジェームス ブラウン、ブルースの神様 B.B.キング、サルサの女王 セリア クルースとファニア オールスターズ、南アフリカの闘士:ミリアム マケバ、フュージョン界のスーパーグループ ザ クルセイダーズ…これ以上は望めないというほどのアーティストがザイールに集結。

 

「ブラック ウッドストック」と呼ばれたこのコンサートの模様は2009年に「ソウルパワー」と題して映画化されています。

 

●人気者のアリ、ヒールのフォアマン

 

アメリカのプライムタイムに合わせて試合開始はザイール時間午前4時から。異例の開始時間にも関わらず、ナショナルスタジアムは超満員。スコールが上がった場内は、異様な興奮状態で「アリ、ボマイエ」の大合唱が巻き起こります。

 

本来、試合は9月24日に行われる予定でした。ところが両選手が現地入りした後、フォアマンがスパーリング中に右まぶたを切り、傷が癒えるまで5週間延期に。アリはその期間中、街をロードワークし、得意のビッグマウスでコンゴの人たちのハートをガッチリと掴んでいました。

 

カリスマ性とチャーミングさ。それがアリの魅力。対するフォアマンは期せずして完全に“ヒール“の役回りとなってしまっていました。

 

●いよいよ試合開始

 

フォアマンは短いラウンドでKO勝利するスタイルで、長いラウンドを闘った経験は多くありません。そのためアリ陣営は5-6ラウンドまでアウトボクシングで動きまわりながらジャブを放ち、フォアマンが疲れてきたら攻め込むという作戦を立てていたとされます。

 

ところが、アリは第2ラウンド以降、足を止めてロープを背負い、サンドバッグ状態でフォアマンの強打を浴び続けます。

 

下馬評通り、アリに勝ち目はない…誰の目にもそう映りました。

 

アリのトレーナー、アンジェロ ダンディは「ロープから離れろ!」「ダンスを踊れ(足を使え)!」と指示を出しますが、アリは動けません。

 

実はこれはアリの作戦、高等戦術だったのです。

 

●この戦術の意図

 

後にアリはこう説明しています。「第1ラウンドを戦った時点でリングが動きにくく、フォアマンも非常に接近してきたため、動き回ると自分の方が先に疲れてしまうと思った」

 

アリはボコボコに打たれているように見える中で、ロープにもたれながら両腕でがっちり顎とボディをガードし、ときにはリング外にのけぞるようにスウェーして致命的なダメージを回避していました。

 

アリはこの戦法をかつて49歳まで10年間、世界ライトヘビー級王者を保持したアーチー ムーアの得意とする戦法で、アリ自身も「トレーニング中疲れた場合にやっていた」のだとか。

 

本来は「打たせずに打つ」が得意だったアリは、自身の年齢と試合場のコンディション、そして相手のスタイルから瞬時にこの「相手に打たせるだけ打たせてから疲れたところを一撃で倒す」「省エネ」作戦に切り替えたのでしょう。そしてその裏には、自らの打たれ強さに自信があったのだと思います。

 

さらにアリは、フォアマンの後頭部を押さえつけるようにクリンチして勢いをそぎ、耳元で「もっと強く打ってみろ」「お前はすげえ奴じゃなかったのか」などの“トラッシュトーク“を投げかける心理戦も仕掛けていました。

 

フォアマンはアリのダメージがまったく掴めず、打っても打っても倒れないアリに対しインターバル中に「いったいどうなっているんだ」と口走っていたとされます。

 

●第8ラウンドの大逆転

 

しかしアリのセコンドを含め、観衆の誰もがアリの戦術を理解できませんでした。アリはずっとロープを背負い続け、まったくフットワークを使いません。

 

しかし、ラウンドが進むにつれて、攻めているはずのフォアマンが見る見る消耗していきます。第1、2ラウンドから全開で飛ばしたフォアマンは早くも第3ラウンドあたりから動きが緩慢になり、時折り狙いすましたアリのパンチを受けるように。攻撃し続けているハズのフォアマンの顔面は腫れ、アリは綺麗な顔のままです。

 

そして運命の第8ラウンド。

 

これまでロープを背に打たれ続けていたアリが前に出ると、狙いすました電撃のワンツーが、フォアマンの顎を打ち砕きます。

 

フォアマンはセコンドの指示通りにカウント8で立ち上がりますが、レフェリーはテンカウント。このアリの奇跡の大逆転劇に場内は騒然となり、その中でアリは両手を挙げてガッツポーズ。

 

こうして試合は“伝説“となりました。

 

アリのこの「肉を斬らせて骨を断つ」捨て身の戦術は、「ロープ ア ドープ (Rope a Dope) 」と呼ばれます。

 

おそらくはアリも最初からプランニングしていた訳ではなく、咄嗟の閃きでこれを選び、周囲の声にも迷わず続けて、そして本当に勝ってしまう神がかり的なところが“奇跡“で、それがアリの“カリスマ“たる所以なのです。

 

●フォアマンの敗因

 

予期せぬフォアマンの敗北に関しては、さまざまな憶測を呼びました。

 

試合直後には「フォアマンのトレーナー兼マネージャーのディック サドラーがアリ陣営に買収され、フォアマンに毒を盛った」との陰謀説が囁かれました。

 

フォアマン自身も「いつも試合前にロッカールームでサドラーからコップ1杯の水をもらうルーティンがあった。その日飲んだ水は薬のような味がして吐き出しそうになった、試合は3ラウンドしか戦っていないのにクタクタに疲れてしまった」と語っており、試合後にデビュー以来の関係だったサドラーと決別しています。

 

そのほか、練習中の負傷によるトレーニング不足、圧倒的アウェイな環境下での重圧などさまざま語られていますが、真相は不明です。

 

こうして41戦目でキャリア初黒星を喫し、伝説的な敗者」となったフォアマンは再起戦にも敗れ28歳で引退。

 

しかし、その後カムバックし1994年、WBA・IBF世界ヘビー級王者マイケル モーラーをKOし、20年ぶりにヘビー級タイトルへの返り咲きを果たしています。

 

●「ボンバイエ」の誕生

 

ザイール国民はアメリカ国家権力に反抗したアリを「第三世界のヒーロー」として歓迎。アリもロードワークで街の人々と交流しながら親交を深めていました。

 

試合中ずっとザイールの観客は「アリ、ボマイエ(Ali,boma ye!)」の大合唱でアリに声援を送りました。

 

この言葉は現地のリンガラ語で「アリ、奴を殺っちまえ(Ali,kill him)」の意味。

 

1977年にこの試合の模様を収めたアリ主演の自伝映画「アリ ザ グレーテスト(The Greatest)」が公開され、マイケル マッサー作曲の「Ali Bombaye (Zaire Chant)」という曲がBGMに使われます。

この曲が後に1976年に格闘技世界一決定戦でアリと対戦したプロレスラー、アントニオ猪木に贈られ、「炎のファイター INOKI BOM-BA-YE」と題して猪木の入場テーマ曲になった、あの曲なのです。

 

ちなみに。そのアントニオ猪木の愛弟子の1人である中邑真輔は、必殺技の飛び膝蹴りを「ボマイェ」と名付けていましたが、2016年~のWWE移籍後は「キンシャサ ニー ストライク」に改めました。アメリカでは「ボマイェ(殺せ)」という言葉が放送禁止用語にあたると指摘され、デビュー戦当日に自分で新しい名前を決めたのだそうです。

 


 

アリは世界中で試合をしました。

 

「大統領の名前は知らなくとも俺の名前を知らない奴は世界にいない」と豪語しましたが、あながちホラでもありません。そしてアリはリングの外でも差別と戦い、戦争反対を掲げて体制とも戦いました。

 

「史上最強のボクサーとは?」にはさまざまな議論がありますが、「史上最高のボクサー」は、モハメド アリだったと言われるのは、その別格の存在感にあったと思うのです。

 

コメント

  1. 1958年生まれのおじさん より:

    高校の午後からの授業を抜け出して、昼のリアルタイムの放送をテレビに齧り付いて観たのが、懐かしく思い出されます。確か掛け率は11対3か4でフォアマン有利だったと思います。その3,4にしても、「アリが勝つ!」ではなく、「アリに勝たせたい」「アリに勝って欲しい」という願望か、あるいは大穴狙いのギャンブルだったのではないかと。生粋のアリ・ファンの自分ですら、神話の終焉を目撃する覚悟でしたからね。フレイジャー戦もノートン戦も、アリだからKO負けを免れた明らかな完敗。その二人をフォアマンは子供扱いだったのだからー尤もノートンはアリならフォアマンに勝てると発言していましたがー。
    5ラウンドでのフォアマンのラッシュの際の、「アリ、危ない!モハメッド、危ない!!」というアナウンサーの絶叫時には自分も一緒に叫んでいましたね。そして第8ラウンド。アリのワン・ツーが炸裂。宇宙遊泳よろしくリングを大きく半周してスローモーションで崩れ落ちるフォアマンに、身構えたままトドメを刺さないアリ。最高にカッコ良かった!ー翌日学校でボクシング仲間と、「ガッツさんならあそこで5発は殴ってたよね」と笑い合ったものです。実際あの無防備な状態でアリが追撃していたら、フォアマンは再起不能のダメージを負っていたでしょう。勝つにあたり最低のダメージ以上を望まないのは、その後のロン・ライル戦などにも見られるアリの一貫した姿勢のように思われます。
    そして試合終了後、精根尽き果てたかのんようにリングに座り込んでしまったアリ。このシーンは自分にとって、「男が目的を成し遂げた時の原風景」として脳裏に焼き付いています。
    出来過ぎた試合に、巷間陰謀説も囁かれていますが、フォアマンの45才での世界チャンピオン返り咲きを描いた沢木耕太郎氏のドキュメンタリー「奪還」の中でのフォアマンのアリへのリスペクト振りを見るに、純粋に、偉大な2人のボクサーの死力を尽くしての、未来永劫語り継がれる名勝負としておくのがいいですね。
    ついつい長文になって恐縮です。アリの事になると一日中でも語っていられる大ファンなので、許して下さいね(笑

  2. さねもく より:

    これはですね。リアルで見ました。子供の頃ですし、アリについてはほとんど知らず、フォアマンの迫力が凄すぎて、早い回で決着がつくと思ってました。そして鮮やかな逆転劇に目を奪われましたが、勝ったアリのエンターティナー性とフォアマンの無謀と言われたカムバック劇場。このふたりはあまりにドラマティックで、最近の進化したボクシングマッチより、遥かに記憶に残るのです。

    • MIYA TERU より:

      コメントありがとうございます。アリもですがフォアマンのカムバック劇もスゴ過ぎですよね。あらゆるスポーツはテクニックは進化するものの人間力や魅力で超えるものはなかなか現れないものですね。

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