俳優の渡哲也さんがお亡くなりになりました。
石原軍団のNo.2、「大都会」「西部警察」のイメージが強いお方ですが、私からすると渡哲也さんといえば1975(昭和50)年公開の東映映画「仁義の墓場」にトドメを刺します。
腐るほど存在する日本のヤクザ映画史上で“最凶・最悪““極北“と呼ばれ、カルト的な人気を誇る本作。追悼の意を込めて、今回はこの「伝説のヤクザ映画」をご紹介します。
「仁義の墓場」
公開:1975年
■制作:東映
■監督:深作欣二
■脚本:鴨比達比古
■原作:藤田五郎
■主演:渡哲也
■出演:梅宮辰夫/多岐川裕美/芹明香/池玲子/山城新伍/室田日出男/成田三樹夫/田中邦衛/ハナ肇/安藤昇 ほか
この作品をひとことで説明すれば、「実在の破滅的ヤクザ石川力夫を、病み上がりの渡哲也がド迫力、迫真で演じた極北の実録ヤクザ映画」です。
公開当時の興行成績はイマイチでしたが後にその異様な迫力が評価され、キネマ旬報「オールタイムベスト・ベスト100」日本映画編(1999年版)で38位に選出されるなど、評価の高い作品なのです。
●東映「実録」路線とは
本作の紹介の前に、そもそも「実録ヤクザ映画」とは?についてご説明します。
1972(昭和47)年7月、「ゴッドファーザー)が日本公開。
間もなく東映の岡田茂社長が「ゴッドファーザーは東映仁侠映画を大掛かりにしただけじゃないか。事実を避けて通らず、克明に描いたところが大衆を惹き寄せる魅力なのだろう。東映でも日本版マフィア映画を作るべきだ」として、1973(昭和48)年、あの普及の名作「仁義なき戦い」が誕生します。
そのコンセプトは「従来の任侠映画的なヤクザを美化したものでなく、実録の持つ迫力をドキュメンタリー・タッチのドラマとして、ヤクザの裏面を衝撃的に描く」というものでした。
より生々しく、美化せず、リアリズムでヤクザ=アウトローの底辺世界を描くこの「仁義なき戦い」が学生運動に傾倒する若い世代も巻き込んで異例の大ヒットとなったことで、その後の日本映画界は実録路線全盛を迎えました。
●渡哲也と東映「仁義なき戦い」
実は「仁義なき戦い」の主役は当初、渡哲也さんが予定されていたのでした。しかし撮影当時、渡さんは病に倒れ熱海で療養中。出演は菅原文太さんに決まり、渡さんはその後の仁義なきシリーズにも終ぞ、出演が叶いませんでした。
渡哲也さんは日活出身。石原裕次郎さん、小林旭さんの次の、高橋英樹さんらのさらに後輩にあたる世代のスターです。
日活がロマンポルノ路線に進んだことで渡さんは1971(昭和46)年に退社。石原裕次郎さんを慕って石原プロモーション入りしていました。
東映はその頃から渡哲也さん獲得を狙っていて、中でも弟の渡瀬恒彦さんをスカウトした東映の岡田茂社長が「高倉健の次のスターは渡哲也だ」と、熱心に誘っていたと言われます。
しかし前述の「仁義なき戦い」での主演デビューが幻となり、ようやく1975(昭和50)年にこの「仁義の墓場」で、待望の東映初主演を果たしたのです。
東映は本作公開後、4月には「大脱獄」で高倉健さんと、5月には「県警対組織暴力」で菅原文太さんと渡哲也さんを共演させ、さらに6月、8月には主演作も用意していました。しかし、渡さんは本作の撮影後に再び病に倒れ、結局この「東映 渡哲也 スター化計画」は幻に終わってしまいました。
●映画「仁義の墓場」とは
本作は実在したヤクザ、石川力夫の壮絶な生き様を描いた深作欣二監督作品です(深作欣二監督を指名したのは渡哲也さん本人)。
とにかくこの主人公が(仮名ではなく実名なのもスゴイ)がアウトロー中のアウトロー、ヤクザの中のヤクザという人物で、本作でも終始何を考えているのか分からない、凶暴さだけを剥き出しにしたキャラクターなのです。
薬や女に手を出しまくり、果ては親分(ハナ肇さん)やいつも気にかけてくれる兄弟分(梅宮辰夫さん)にまで容赦なく牙を向き、実際にヤクザ連中から怖れ慄かれていたというのも肯ける“狂い方“なのです。
2年半にも及ぶ闘病中の渡哲也さんは点滴を打ちながら撮影に臨んだと言われ、後半になるにつれて演技なのか本当に体調不良なのか判別つかない“命懸けの怪演“を見せます。
まったくもって感情移入や同情すらできない主人公なのにも関わらず、圧倒的な存在感で嫌悪感を抱きつつも画面から目を離せない場面の連続が、本作がカルト的な人気を誇る理由だと思います。
最も有名な「自分が原因で自殺した妻(多岐川裕美さん)の遺骨を齧りながらうつろな表情でカネをせびるシーン」はまさに“伝説“。
渡哲也さんといえば「大都会」「西部警察」しか知らない人に、ぜひ観てもらいたい作品です。
コメント
拝啓 サイトヘッド様には厳しい残暑の中よろしくお願いいたします。
*「渡哲也さん 高倉健さん HFカラヤン氏 共通しない様で必ず共通した男の美学とは?」
同じ男の端くれ、切れっ端のどん尻を汚す自分からしてつくづく思いますのは「格好良い男の定義」とは?実は何時の世も決して変わらないと思うのです。前期の「渡哲也 高倉健 カラヤン」の3氏に不思議と共通していたものとは?「誰にも真似すら出来ない男の美学」でした。確かに、、、確かに「渡哲也 高倉健等は、若いころは相当にやんちゃであり何かと色々あった様ですが、これはカラヤンとて変わりません。若い頃は当然ですし「ガキの頃から悟り切っての若年寄」では先が思いやられる、、、、問題はある年齢に達した時に男とは「自分の人相風体に責任を持ち=やはり「男はツラじゃ無い心だなんてぇ大嘘」常に日々男を磨く努力を怠ってはいけない。更に例えやせ我慢でも良い=時として病の苦しみや痛みを隠し、何事も無い様に振舞わねばならぬ事も男には多々在るはず、、、男の恰好良さを見せて魅せて観せてほしい」のです。やはりそれは「殊更私生活=プライベートを公にせず、秘密の部分を多分に残し、仕事以外は他言を語らず、仕事に命を懸ける=身体を張る事の出来る男」こそ格好良いのだと信じています。しかも「渡哲也 高倉健のお二人は、不思議と年齢を重ねる程に格好良くなられ、実に渋く、其処に居るだけで絶大な質量」が感じられたのです。これは「カラヤンに代表されるクラシック音楽界の指揮者等にも共通」している事で、年齢を重ねれば「独自の味、色」が音楽表現に出るのです。更に不思議と共通しているのが「滑舌の良さ」なのです。
この「滑舌の良さ」が如何に大切であるか? 今の世間は何も解っていない。例えば?「阿部寛」等は演技は凄く上手いのにどういう訳か「台詞が聞き取れない部分がある」これは滑舌に問題が在るからですが、渡哲也 高倉健のお二人は「何か、ぼそぼそってぇしゃべっている様でも、、実は素晴らしく声が良く通る=オーディオ的に言えば小さな音でも確実に周囲に届く、非常に高価高性能なHGオーディオ機器に匹敵する声と滑舌」と言えます。逆に「ビートたけし等は全く真逆、面も馬鹿悪い悪党面でもって、声は更にどうしようも無くド悪い上に滑舌は最悪」、、、、だから全然台詞が聞き取れない、最悪の塊です。つまり「本当に上手い役者とは? まず声も滑舌も良い」のです。こういう方は本当に少なくなりましたね。
しかもこういう「渡哲也 高倉健 カラヤン」等のタイプの男たちは「不思議な程に女性のモテて、更に男性にも圧倒的な人気が在る」のです。此処に「本来の男の持つ本当の本物の格好良さってぇ何か?」がお解りでしょう。これを最後の最後までやり遂げやりきって旅立ったのが「渡哲也 高倉健 そしてカラヤン」だったと確信しています。男なんてぇ仕事が出来るのは極めて当たり前、、例え転んで泥まみれになろうと怪我しようと、何も無かったかの様に立ち上がり、再び前進する、、男が男に惚れる時、例えば過去にこういう本当に格好良い男たちが居たのだと心の隅に留めておいて頂ければ幸いです。 敬具