今回は、古くから数ある「コミックソング」特集。
個人的なチョイスで記憶に残る昭和の名(迷)曲を、ご紹介します!
「帰って来たヨッパライ」ザ・フォーク クルセダーズ 1967(昭和42)年
オリコンチャート史上初のミリオンシングルであり、日本のコミックソングの代表的な楽曲です。
当時のメンバーは北山修さん、加藤和彦さん、平沼義男さん、芦田雅喜さん。「オールナイトニッポン」から火がつき、番組と共に大人気に。
シングル盤の売上は累計283万枚にもなりました。
「受験生ブルース」高石ともや 1968(昭和43)年
60年代から今なお活動を続けるフォーク歌手、高石ともやさんの代表曲。
もともとはフォーク歌手仲間の中川五郎さんが唄っていたボブディランの替え歌なのだとか。
リリースされるや否や「受験生のツラさ」を唄う歌詞が共感を呼び、深夜放送などで爆発的な人気を呼び、累計90万枚の大ヒットとなりました。
私はこの歌で「ひとよひとよにゆめみごろ」「富士山麓にオウム鳴く」を知りました。
「金太の大冒険」つボイノリオ 1975(昭和50)年
「発禁ソング」の代名詞であり、つぼいのりおさんの代表曲。
10番までの歌詞で構成され、総尺4分38秒もあります。カントリー調の曲で金太とお姫様のストーリーを描きつつ、至るところに「キンタマ」と言うだけの唄。“ぎなた読み“という手法が用いられています。
案の定、発売から20日で放送禁止楽曲に指定されますが、子供たちの間でジワジワと広まり、シングル売上は数万枚ながら、知名度が異常に高いのが特徴。
インターネットのない時代、放送もされないのにどのように広まったのか謎すぎますが、我が家にも近所のお兄ちゃんからカセットが回って来ました(笑)。
「河内のオッサンの唄」ミス花子 1976(昭和46)年
オーサカでも特に濃い「河内弁」をフォーカスした詞がバカ受けし、売上80万枚の大ヒットに。
なんと同年に東映で映画化までされました。(監督・斎藤武市、出演・川谷拓三、夏純子、ミヤコ蝶々ほか)
唄っているミス花子は男性で、もともとは反戦フォーク歌手でした。ダウンタウンの浜ちゃんがファンなのだそうです。
「演歌チャンチャカチャン」平野雅昭 1977(昭和47)年
六本木のバーのマスターが自店で演っていたネタを、客として見た大御所歌手のディックミネさんが発掘。レコードデビューになったという異色の作品です。
往年の演歌だけでなく歌謡曲、懐メロの有名フレーズを「チャンチャカチャン」でつないだメドレー。
累計80万枚の大ヒットとなりました。
「チャンチャカチャン」のつなぎフレーズを歌う時の右手を斜め上にかざすポーズも大流行しました。
「日本全国酒飲み音頭」バラクーダ 1979(昭和49)年
岡本圭司さんとベートーベン鈴木さんが結成したユニット「バラクーダ」。この楽曲は当初、自主制作でした。
「1月は正月で」「2月は節分で」「3月は雛祭りで」「酒が飲める酒が飲める」という内容で、もともとは留学生の間で日本の行事を覚えるために歌われていた「ビビデバビデブー」の替え歌だったのだそうです。
バラクーダのお2人はコレをライブで披露したらバカ受けしたためレコード化を画策しますが、案の定、ディズニーからクレームが付き頓挫。
そこで曲を書き換えて2番の歌詞を追加して自主制作リリースしたところ有線放送で火がつき、その後東芝EMIが販売を請負いメジャーリリースに。
3カ月で72万枚のセールスを記録し、宴会ソングの定番となりました。
バラクーダはこの後、「チャカ・ポコ・チャ」「演歌・血液ガッタガタ」と3年毎に連続ヒットを飛ばし、人気者になりました。
つづく・・・かもしれません(笑)
コメント
続けてください。
「悲惨な戦い」(なぎらけんいち)とかね。