今回から2回連続で、友人のプロレス テーマ曲コレクター 藤本剛さんをお招きして、対談形式で「プロレス テーマ曲の世界」をご紹介します。
藤本さんは1972(昭和47)年生まれ。プロレス テーマ曲コレクションは総計370曲にも上ります。
前編ではプロレス テーマ曲収集の苦労話から、その面白さと奥の深さ、そして後編では独断による「昭和プロレス テーマ ベストテン」を選定。
マニアックに語り尽くします!
▲左が藤本氏
■イントロダクション
プロレスの魅力の一つが、選手の入場シーン。
そしてその際に流れる、選手ごとの「入場テーマ曲」は「盛り上がり」に重要な役割を果たし、入場チケット代の3割はこの入場シーンを観るため、と言っても過言ではありません。いまでは、ほとんどのプロスポーツがそのスタイルをパクっています。
実はその昔のプロレスは、なんの音楽もなく、地味に選手が入場していました(時折ビッグマッチではクラシックな行進曲が使用されるケースもありましたが、各選手の「テーマ曲」ではありませんでした)。
1970年代後半、入場時にテーマ曲を初めて使用したのは国際プロレスと言われます(日本初のプロレス入場テーマ曲はビリー グラハム「ジーザス クライスト スーパースター」という説が有力)
その後、全日本プロレス中継の日本テレビ スタッフ(後述)が選定したミル マスカラス「スカイハイ(ジグソー)」、ザ ファンクス「スピニング トー ホールド(クリエイション)」、アブドーラ ザ ブッチャー「吹けよ風、呼べよ嵐(ピンクフロイド)」、ジャンボ鶴田「チャイニーズ カンフー(バンザイ)」などが、日本のプロレスにおける入場テーマ曲の始祖的存在となりました。
当時、オリジナルで制作された楽曲はごくごく僅かで、ほとんどが映画サントラや有名無名のアーティストの楽曲などから、その選手のイメージに合う楽曲がテレビ スタッフにより選択、使用されました。
以降、テレビ中継や会場で流れる「あのテーマ曲」を求めて、プロレス ファンは楽曲収集を開始。
そんな1983年、ビクターからプロレス テーマ曲集の画期的LPレコードが発売されました。
「ザ・プロレスリング」
当時の2大団体、新日本プロレスと全日本プロレス両方の人気レスラーの入場テーマ曲を収録。
このアルバムの何が画期的だったのか、というと、団体をまたいで実際の入場時に使用されている入手困難なテーマ曲の、“オリジナルに忠実な質の高いカバー曲が収録されている”という点でした。
このアルバム以前、70年代後半から80年代初頭にかけて、既にかなりの数のプロレス テーマ曲集アルバムが発売されていました。
しかし、その多くが「ホンモノ」とは似ても似つかない粗悪なカバー曲だったり、会場では使われていないイメージ曲集であったりで、「ホンモノ」の割合はごくわずか。インターネットはもちろん、レンタル(レコード)の普及もまだまだなこの時期、小中学生を含む多くのいたいけなプロレス ファンは2,800円も出して「ニセモノ」を摑まされるという、痛い経験を繰り返していました。(もっともこれはプロレス テーマ曲に限らず、「テレビまんが主題歌集」なども同様で、平気で粗悪なカバー楽曲を、さもホンモノであるかのようにパッケージして売る、詐欺まがいの商法が、大手を振って許されていた時代なのです)
このビクターのレコードもその“カバー商法”ではありますが、選曲とアレンジがファン目線で、“良心的なカバー アルバム”として評価される、という珍現象を巻き起こしました。
ここから対談です!(青字が藤本氏)
■プロレステーマ曲との出会い
-リストを持ってきてもらいましたが、全部で何曲あるの?
ざっくりやけど、370曲は確実にある。カウントできていないのもあると思うけど(笑)
-プロレステーマ曲との最初の出会いは?
1985(昭和60)年、中学2年の時に野球部のチームメイトから「ザ・プロレスリング」のカセットテープを貸してもらったのがきっかけ。プロレスは好きで毎週、テレビ中継を観ていたけど、テーマ曲のレコードが出てるなんてことはそれまで知らなくて、こんなのあるんや!って感じやね。
-このアルバムは、全曲カバーだけど、出来がいいので評判だったんだよね。
そうやね。初めて聴いたらホンモノと間違うほど似てた。よーく聴き比べると、なんかちゃうぞ、ってだんだん気が付いていくんやけど(笑)
-プロレスがブームになって、たくさんアルバムが発売されたけど、実況が重なってるのも多かったよね。
そうそう。せっかく出来のいいカバーでも、途中から(全日本プロレス中継の)倉持アナが張り切って実況しだしたり。分けて収録するか、そんなら実際のテレビ中継をそのまんまレコード化してくれよ、とガッカリしたりね(笑)。
-新日本プロレスで古舘アナの人気が爆発した時は、古舘アナの実況をメインに収録したアルバムまで発売されてたからね。いま思えば無茶な商売だけど、売れたんだろうね。それでそこから、ホンモノ(オリジナル楽曲)を求めて、って進んでいくと。でも当時は、もちろんインターネットもないし、情報自体が少なかったでしょ。
そうそう。だから友達同士で貸しっこするくらいのせまい世界で。
-週刊誌になる前、月刊誌の「別冊ゴング」で時折「プロレステーマ特集」があって、有名レスラーのテーマ曲一覧がレコードナンバーと共に掲載されてたんだけど(早くも1979年頃からその手の特集がたびたび掲載されていた)、判明したとしてもそのレコードを入手する手段がないんだよね。廃盤とか輸入盤とかも多いし。
「プロレステーマ」としてシングルカットされてるのはミル マスカラスとかビル ロビンソンとかごくわずかで、それも大きなレコード店じゃないと売ってないし、それ以外はメジャーなアーティストの曲しか手に入らないからね。リッキー スティムボートの「ライディーン(YMO)」とか(笑)
–アントニオ猪木の「炎のファイター」も、どのアルバムもシングルもカバーだったり原曲(アリ ボンバイエ)だった。ホントに会場で使用されてる東芝EMIのシングルはホントに売ってなかった。ブルーザー ブロディの「移民の歌」は、全日本プロレス当時はレッド ツェッペリンの原曲じゃなくて、カバーが使われてた(JAZZドラマー 石松元氏のアルバムに収録)よね。俺なんか小学生で苦労して「友&愛」とかのレンタルレコード屋の会員になってツェッペリンのLPを借りて「なんだよニセモノじゃん!」とか失礼なこと思ってたからね(笑)新日に移ってからはツェッペリンの原曲が使われたけど。
■オリジナルを求めて-水道橋「チャンピオン」&横浜の「某A」
-じゃあコレクションが充実したのは、上京してから?
1994(平成)年に就職して関西から東京に来て、そこからは水道橋の「チャンピオン」ですよ。プロレスビデオとかレコードの専門店。その頃にはもうCDやったけども。
-プロレスマニアの聖地(笑)でも、「チャンピオン」はCDのレンタルあったんだっけ?
いや、CDは買うしかない。1曲のためにアルバムで買うしかないからね。
-この頃にはプロレステーマの入手困難曲を集めたCD「プロレスQ」シリーズ(キングレコード 1998〜)も発売されたよね。ブロディ「移民の歌(全日版)」とかハーリー レイスの「ギャラクシー エクスプレス」とかがようやく入手できた。
それでも入手できないのは、2000年頃、横浜にあったプロレステーマ専門店の「A」。ここは海賊盤とか著作権絡みでいろいろあってもうなくなりましたが、一時期よく行ってたのよ。
-知る人ぞ知る「A」ですね(笑)。あの店は海賊盤をCD-Rで販売してたの?
いやいや、正規盤もありましたよ。プロレステーマ曲だけ、入手困難なアルバムも含めて、スゴイ高値だけど(笑)
-特に入手困難だった楽曲は?
なんといっても馳浩の「Two Hearts」。この1曲のためにウン万円です。
次が小橋建太の「SNIPER」。
-「SNIPER」は松原正樹さんだよね。フュージョンの大御所。
CDは当時、廃盤だったのかな。これもウン万円です。あとは橋本真也「爆勝宣言」のイントロ部分。
-あれはもともと、”レスリングどんたく”のオープニングだったのを橋本がビッグマッチ用テーマのイントロにいただいたんだよね(笑)
そうそう。映画「トイズ」のサウンドトラック盤(フランキー ゴーズ トゥ ハリウッド「Welcome to Pleasure Dome」のトレバー ホーン ミックス)。あとは越中詩郎「バイオレンス サタデー」とか、小川良成「NEVER GIVE ME UP」あたりも入手困難楽曲でしたね。
■「編集」苦労話
-オリジナルが入手できたとしても、「編集」が必要なのもあるんだよね。
ビッグバン ベイダー「Eyes Of The World(レインボー)」、ザ コブラ「Heat Goes On(ASIA)」、新日時代の前田明「ダンバインとぶ(アニメ主題歌)」、小川良成「NEVER GIVE ME UP(小川美由希)」とかは、唄の部分を削って、インストにしないといけないのよね。
-いちいち面倒くさい(笑)
MDコンポで、コンマ単位で編集してましたよ。
–アントニオ猪木の「炎のファイター」も、時期によってイントロの編集が違うんだよね。初期と中期では”Fight”の掛け声のあとのブラスの入り方が微妙に違うし、引退間際にはフルに流れるようになったけど。
-あとは、全日本プロレスお得意の、「合体テーマ曲」だね。
鶴龍コンビの「J」+「サンダーストーム」なんかは編集難しくて丸1日かかりましたよ。
–全日本は同格のタッグチームはイチイチ、テーマ曲まで合体してたからね。
ハンセン&ブロディ、馬場&アンドレ、川田&田上とかね。面倒やからやめてくれ、って思いつつも、編集に燃えて作ってしまうんやけどね。
■会場使用音源
-そこまで苦労しても、シロウトには絶対作れないような楽曲もあって。
カブキのテーマは「ヤンキー ステーション(Keith Morrison)」に「歌舞伎囃子 その六・翔り」の編集、とか言われても、ムリやから(笑)
その他にも三沢光晴「スパルタンX(ジャッキー チェン映画サントラ)」、田上明「ECLIPSE(イングヴェイ マルムスティーン)」、渕正信「トップガン(映画サントラ)」、新日後期の前田日明「Captued(CAMEL)」みたいに後から爆音とかSEが足されてたり、天龍源一郎「サンダーストーム(高中正義)」も雷鳴が足されてたりね。
-オレも中学の頃にホンモノの雷を録音して足そうとしたことあったな(笑) それで言うと、なんといってもスタン ハンセンの「サンライズ」やね。
*プロレステーマ史に残る名曲サンライズは、3曲プラス効果音を編集したもの。馬の鳴き声+鞭の効果音に被せてケニー ロジャースの「君に夢中(SO IN LOVE WITH YOU)、その後、スペクトラムのアルバム「オプティカル・サンライズ」収録の「MOTION」と「SUNRISE」に繋がり、さらにSUNRISEは唄部分がカットされている、という凝りまくった構成で、オリジナルは桜井純一氏の手によるものとされる。(全日本プロレス中継のレスラー入場テーマ曲は全日本プロレス中継プロデューサー 今泉富夫氏、同局 梅垣進氏、桜井純一氏の3人が選曲を担当し、日本テレビ音効 小川彦一氏がその3人から発注を受け、編集などを手がけた)
もう「サンライズ」あたりになると、“会場使用音源”が闇のルートで流れてくるしか入手の方法がなくて。VAPとかビクターのカバー盤もかなり出来がいいんだけど、やっぱりホンモノを入手したときは感動したよね。いまでもバラエティの乱闘シーンになると必ずサンライズが流れるけど、VAPのカバーだったりして”ホンモノ使えよ!”と思うよね。
-一般の人からしたらまったくもってわからんけどね(笑) ジャンボ鶴田の「J」も、途中からカバー盤が会場で流れてたよね。オリジナルは「今夜は最高バンド」やけど、よく聴かないと違いが判らない。
音質とかヌケとか、あと途中の効果音的なのが違うんだけどね。
▲オリジナルの「J」(ジャンボ鶴田)
▲こちらはカバー盤
■公式音源
-90年代になると、アメリカWWF(現WWE)とか新日本プロレス、全日本プロレスでもオリジナルの楽曲制作から原盤管理をしっかりするようになって、一気に入手しやすくなったよね。有料放送とかでの権利問題がややこしくなるからなんだろうけど。
ようやく、”ホンモノ”がパッケージで売られるようになったからね。
-でも一方で、どれも似たような楽曲になって、つまらなくもあるよね。どの選手もぜーんぶハードロック調、みたいな。
昭和の時代は、映画音楽とかサントラ、超メジャー アーティストから”どこで見つけてきたの”的なのまで、ほんとにバラエティに富んでたからなぁ。
-それに今ではネットで情報が溢れてるし、収集しなくてもYouTubeとかでオリジナルがカンタンに聴けるからね。
ネット通販でショップ巡りをしなくて済むようになったしね。
■個人的に好きな楽曲
-370曲もあると難しいと思うけど、特に好きな楽曲はどれ?
橋本真也「爆勝宣言」(イントロ付き)
三沢光晴「スパルタンX」
天龍源一郎「サンダーストーム」
やね。「爆勝宣言」のイントロと「スパルタンX」は、結婚式でも使いました(笑)
(2018.12.3 渋谷RCMオフィスにて収録)
▼次回、後編では2人で「昭和プロレス テーマ曲 ベストテン」を選定します!
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